「私」の弱体化

先ほど、たまたまなのですが、YouTube で東京を上空からヘリコプターに乗って撮影した映像を見ていたら、それが沢山あって止まらなくなってしまいました。

その流れで、気がついたら UFO の映像を見出して、これまた止まらなくなって…。最近、本当にリアルでびっくりするような映像も沢山あるんですね。

実は、私自身も、つい3週間ほどまえに、クルマで自宅へ帰る途中に信号待ちしているときに、暗い夜空にとても怪しい物体を目撃してしまいました。

それは、片側がきれいな黄緑色で、もう片方がオレンジ色をした細長いもので、ス~っと下の方に流れていって、あっという間(たぶん2~3秒だった)に消えてしまいました。

自分がイメージしている、いわゆる UFO とは違う形だったので、その時には何だろうなというくらいで終わったのですが、その鮮やかな色が今でも脳裏に焼きついています。

暗い夜空にはまったく似つかわしくないものを見たなあという、そんな感覚なのですが、これまでそれほどはっきりとした目撃経験がなかったので、ちょっと嬉しいです。

けれども、一方ではまるで夢がないことを言うようですが、所詮自分の知覚に起こったことに過ぎないという認識でもあるのです。

不可解なものを見ても、あれは一体何だったんだろうと思うのは当然のことですが、それがいつまでも続かないのが、自分でも残念なことです。

要するに、どんな謎があろうと、それを謎だと思っている自分とは何なんだというところへ、結局行き着いてしまうのですね。

それ以上の謎など他には何もないわけですから。この謎の張本人である「私」が発生したのは、私の肉体的な誕生日ではなくて、それから数年が経過したころなはずです。

そして、「私」が死ぬのはきっと肉体の消滅よりも前になるだろうと思うようになりつつあります。「私」は少しずつ弱体化してきているのかなと思えば、思えなくもありません。