シナリオ通りの自己探求

自分の中にマイナーなものを好む傾向というのがあります。つまり、体制側ではなく、どちらかといえば反逆児的な要素に興味が向いているということです。

それはもしかしたら、幼い頃にもうすでに出来上がっていたかもしれません。というのも、大人を小ばかにするようなところが多々あったからです。

両親や学校の先生など、身の回りにいる大人たちに対して、彼らが主張する正しさや価値観などに、異を唱えていたように思うのです。

表面上は優等生的な子供だったので、あまり大人や先生たちから嫌われるようなことはなかったのですが、心の中で物知り顔をした大人を見下していたんですね。

それが成長するに連れて、いわゆる反体制という生き方、考え方へと発展していったことは間違いありません。

そのくせ、つつがないごく平凡な人生を目指していたところは、どこかにまだ優等生的ないやらしさが残っていたということです。

セラピストになったのも、もしかしたらそういうところが原動力となっているのかもしれないと思っています。ヒプノセラピストなどという、いかにも怪しい反社会的?な仕事ですから。

いまだに多くの人からすれば、どこかの怪しい宗教と同じように見られていることもあるでしょうし、結局病気になったらお医者さんに助けを求めるわけですし。

精神的な反逆児というのは、とにかく何かにつけ文句を言いたい精神性なわけです。だからこそ、本当は我々は人間なんかじゃないなどということを聞けば、飛びつくことになるのです。

それが、もしかしたら本当の自己探求の原動力なのかもしれません。少数派であることを善しとする気質には、ちょうどいい題材だと言えるのです。

だから、誰もが覚醒していく時代と言われれば、確かにワクワクもするのですが、実際に本当にそうなったとしたら、自分が目指している道が途端に色褪せて感じられるのかもしれません。

というわけで、今日はできるだけ自分の否定的な部分をえぐって見ました。でも大したことはなかったようです。

原動力がどうであろうと、この人生において自分が自己探求をするということは、ただシナリオに沿って起きているだけですから。