自分の本質に気づかないなんて勿体無い

私たちの本質が、思考では決して認識できないもの、理解を遥かに越えているものだということ、このことに気づかずに死んでいくのは何としても勿体無いのです。

もちろん、これは気づくことが正しくて気づかないことが正しくないということではありませんし、気づくことと気づかないことに何の優劣もありません。

なぜなら、私たちは「それ」ではなかったためしがないからです。最初(というのもないのですが)からずっと「それ」であり、これからも永遠に「それ」なのです。

ですから、そのことに気づこうが気づかないでいようが、そんなことは本質的にはどうでもいいことだとも言えるのです。

けれども、実質的なことを見てみると、自分の本質に気づいている人はそうでない人よりも多くの点で有利なのです。

たとえば、どんなときでも深刻になり過ぎてしまうということがなくなります。深刻になったとしても、きっとほんの短い間でしかありません。

ずっと深刻さを持ち続けるなどということは不可能なことになるのです。なぜなら、私たちの本質である「それ」は、決して傷つくこともないし、生まれることも死ぬこともないからです。

そのことに深く信頼することができればそれだけ、自己防衛は確実に減っていくことになるはずです。防衛しようとする自分を冷静に見つめることもできるようになっていくはずです。

そのことによって、苦しみから解放されるようになるのです。やってくる痛みから逃げなくなれば、その痛みはいずれは去っていき、今度は喜びがやってくるのです。

個人として生きる限りは、エゴはなくならないでしょうけれど、そのエゴをやさしい眼差しで見つめることができれば、人生は面白い物語となるはずです。