闘わず、防衛せず、ただ在ることに気づく

8月15日は、終戦記念日ですね。もっと正確に言えば、敗戦記念日とも言えます。あれから、69年が経ちますが、その間日本は一度も戦争を体験せずにやってきました。

それが、日本のいわゆる平和憲法のおかげだと本当に信じている人もいるかもしれません。真偽のほどは、私にとってはどうでもいいことです。

国が戦争をしなくても、私たち一人ひとりの心は、決して平和にはなっていないのですから。日本に限らず、この何千年を見ても、人類が真に平和であったことは一度もありません。

それには、はっきりとした理由があるのです。それは、私たちのマインドにいるエゴが、自分に闘うようにと働きかけ続けているからです。

そして、誰もがそのエゴの掛け声に洗脳され、巻き込まれてしまっているからです。エゴの本音はと言えば、闘って勝て、傷つかないように自分を守れ、なのです。

闘って欲しいものを手に入れること、そのときにこそ自分は幸せになることができる、そうエゴはわめき立て続けているのです。誰もが、その声の大きさと威力にやられてしまっているのです。

勿論例外もあります。それは、この世界に絶望してしまった人、何を試してみてもうまく行かずに、もうあきらめるしかないというところまで行った人。

このような人が、実は真実に気づく大チャンスを手にしているのです。エゴがあなたをリードしている限り、あなたの心に平安がやってくることは決してありません。

やれることはすべてやって、それでもうまく行かなくて、もうほとほと絶望したという人は、自分の人生の手綱を生に明け渡すことができるのです。

そうすると、あのエゴの声が静かになって、ひとりでに自分の本質と出会うことになるのです。だから、とことんエゴに乗っ取られて行くところまで行けばいいのです。

勿論それは果てしない苦しみにも遭遇せざるをません。癒しというのは、そこまで行く前にエゴのやりくちを徹底的に解明することで、その正体を見破り、自分の本質に気づくことなのです。