内側には静かで穏やかな悦びが在る

時々心静かにしていると、何とも言いようのない良い気持ちになることがあります。これには理由がないので、不思議な気がします。

理由なくやってきてくれているものなので、本当はずっと続いているはずなのですが、暫くするとどうも自分からそれを感じないようにしてしまうみたいです。

自我は理由のないものは嫌いなのかもしれませんが、何だか勿体無い気もします。何はなくともやってくるものが、気持ちいいものなんてラッキーです。

きっとこれは誰にでもあるものなのだと思うのですが、普段は外側からの強い刺激によってかき消されてしまっているのでしょう。

ちょうど大音量でハードロックに聴き入っているときには、小さくて可憐な鈴の音があったとしても聞こえないのと同じです。

瞑想しているときの至福感は、その鈴の音と同じようなものなのかもしれません。それはただ在ることからやってくる不思議な感覚。

意識が外に向いている間は、気づくことができないのです。すべての体験は外側で起きているものなのです。

内側にはその体験に気づいている何者かが在るだけ。その正体が至福感であり、それはとても静かで穏やかな悦びのようなものかもしれませんね。