私たち人間は独りでは生きていけない生き物ですね。だから、他の誰かとコミュニケーションを取る必要があるのです。
そのやり取りにおいて、自分の言いたいことを言うという当たり前のことを自己表現と呼びます。
この当たり前のことができなくなってしまうと、人は心を病んでいくことになるのです。なぜなら、言いたいというエネルギーが溜め込まれていくからです。
トイレに行きたくなったら、トイレで用を足すのと同じで、言いたいことは表現させてあげなければ、糞詰まり状態と同じになるのです。
ところが、さまざまな理由によって自然な自己表現を押さえ込んで生きてきた人は沢山いるのです。
その人たちの多くは、自己表現したところで聞いてはもらえない、分かってももらえない、場合によっては反発されてしまうなどと思っているのです。
どうせ分かって貰えないのなら、黙っていようと思ってしまうのも頷けるのですが、それでも頑張って自己表現はして欲しいのです。
自己表現の目的は、相手に分かってもらうことが大半かもしれませんが、実は自己表現をしたという証が自分自身に対して必要なことも事実なのです。
言いたいことが言えたということだけでも、糞詰まりは解消されるからです。相手に伝わるかどうかは、あなたの責任外のことだと気づくこと。
あなたは自己表現をすることだけが、あなたの自分自身に対する責任だと理解することですね。
その責任を果たしてあげていれば、心が病むということはないからです。分かってもらえなくても、そのことには拘らずにいればいいだけなのですね。