心眼で見る

老子は、真理を見出すために部屋の外にでてゆく必要はない、扉を開ける必要すらない、目を開ける必要すらない、と言う–。真理とはあなたの実存だからだ。それを知ることがブッダフッドだ。

by osho

たしかに、この肉眼で見えるものというのは現象界で起きる事に限られていますね。現象とは一過性のものです。

それは、本質からやってきて本質へと戻っていく、その中間にある一時的な夢のようなもの。私たちはそれを真実だと思い込んでいるに過ぎないのです。

目で見たことしか信じないと言う人もいますが、それなら目を閉じてしまったら何も見えないというレベルにずっとい続けることになるかもしれません。

かつてとても有名な詩人がいたのですが、彼は人生の途中で失明してしまうのです。ところが失意の底から立ち直った時に、失明する前よりも桁違いに素晴らしい詩を書くようになったのです。

肉眼ではない目によって見る訓練をしたおかげで、本質に気づけるようになったということなのでしょうね。

目を開けていても閉じていても、気づけるものがあるのです。それは言葉にすることができないだけで、厳然と実在していると感じられます。

この現象界で起きる物語に気を取られてしまうと、全く気づくことができなくなってしまうのですが、真理がなくなるなんてことはありません。

肉眼ではない目(心眼)で内側を見ていくと、個人としての自分の不在に気づいてしまうかもしれません。それはとても怖いことですね。

それでもきっといつかは誰もが真実と出会うことになるのだと思います。