他人事のように見る

私たちは、自分という存在はこの人生を生きる主人公だと思っているのです。勿論当たり前のことなのですが、こうした見方によって自分は特別な存在となるのです。

もしも自分のことをまるで人ごとのように見ることができたなら、自我がせっせと営んできた防衛が小さくなってしまうはずです。

10代中頃で覚醒してしまったラマナ・マハルシは、覚醒する前の自分について問われたときに、アイツはもう死んだよ!と答えたのです。

彼はとても正直に、そして端的に表現したのです。自我として生きていた10代の自分はもういない、彼は消えてしまったのです。

その言葉には、かつての自分を他人のように見ている視点があることに気づかされます。

無防備な人というのは、どこか自分を他人事のように見ているのが分かりますね。つまり人生の当事者ではないと分かっているのです。

だから自分のことを言うときに、殊更謙遜したり控えめに言ったりしないので、嫌悪されてしまうこともあるかもしれません。

他人のことをAさん、Bさんと呼ぶように、自分のこともCさんと呼ぶことができたら、自分を特別扱いせずに済むのかもしれませんね。

私は自分の世界でだけですが、自分のことを「このマインドは…」のように言うことがあります。所詮はマインドだと言う意味を込めて。