救いは頭をなくすこと

頭(マインド)は社会が私たちに植え付けた思考群で成り立っています。幼い頃は両親からそれを洗脳されるのですが、その元は社会なのです。

ある程度の年齢になった頃、何か嫌なことがあったときには「無」になってみることをよくやっていました。

最初はただの現実逃避なのかなと思ったりもしたのですが、そのうちそれは違うということを発見したのです。

要するに、私たちが事実だと思っていることの大半は思考が作っているのです。だから瞑想状態になった途端に、多くの物事は消えてしまいます。

これは大変な救いでした。現実逃避ではなく、思考が作り上げた物語からただ抜け出すということだったのです。

更に言えば、わざわざ瞑想をするまでもなく、ただ単に頭がないことに気づけば、自分と外側の世界との分離が消えてしまいます。

その状態で街を歩くと、風通しがいい感じがして気持ちが良いのです。身体の中に幽閉されているという洗脳から解放されるからでしょうね。