いずれはすべてが覚醒する

生まれたときには、私たち人間も他の動物と同じように、無意識で生きていました。無意識というのは、自覚のない状態のこと。

つまりは、意識が覚醒せずに眠っている状態ということであって、意識がないというのではありません。

乳幼児の頃は、それでも少しばかりの思考を使うのですが、複雑な思考を使えないため、自我を作り込むことはできずにいます。

ところが脳の発達とともに、次第に高等な思考を使えるようになっていくにつれて、自我が芽生えて行くのです。

それは他者というものを基盤にして、それとの対比によって自分を作り出すのです。だから自我にとっては他者の存在は必要不可欠なものなのです。

そして自我という一人称が、意識の覚醒を促してくれたのです。覚醒した部分はほんのわずかではあるものの、自覚を持つことができるようになったのです。

それが人間と動物の最も大きな、そして決定的な違いなのですね。自我によって偶然にも意識の覚醒が一部起きたことは本当に奇跡的なことだと言えます。

けれども、そこで長い間ストップしてしまっているのも事実。人間は自我と自己を同一化してしまったために、それ以上に意識が覚醒することができないでいるのです。

でも大丈夫です。どんな長い眠りでもいずれは目が醒めるように、いつかは一人残らず覚醒してしまうことになっているのですから。

だから明日も気楽に生きていくことにしましょう!