日本への熱き期待

日本の隣国である韓国や中国との間が、なにやらきな臭いことになってきましたね。中国国内で起きている大規模な反日デモは、あちこちで暴徒化しているようです。

勿論、中国国内ではそんなことはニュースにはならず、整然としたデモ行進ばかりを放映しているのですが、実際は世界中の人々が中国人の卑劣な暴力に目を注いでいるのです。

日本がこれからどのように世界の中での役割を果たしていくのか、非常に注目すべき大転換期がやって来たのだと感じます。

こんなときに、いたずらに危機感を募らせるばかりではなく、20数年前の osho の言葉に目を向けて見るといいと思います。

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<OSHOの言葉、プレス・リリースより> (1989,1,16)

日本は今や世界の超大国だ。危機に満ちたこれからの数年間、アメリカの世界支配が造り上げて来た物質的な貪欲と暴力から人類を解き放つ、唯一の希望を日本が担うだろう。代わって日本は、世界を平和と繁栄の黄金の未来へと導くことが出来る!

世界は日本に注目している。日本は、この大いなる責任を引き受けて立ち上がるべきだ。光明を得た禅師達という日本の黄金の過去こそが、新しい夜明けへと世界を導く、洞察、責任、慈悲を、日本に与えるだろう。

全世界の遺産相続を、生まれながらの権利として主張する「ニューマン(新しい人間)」を創造する上で、日本において東洋と西洋が出会うことが出来る。日本に今必要なのは、創造性、自発性、反逆精神という、本来の面目を取り戻す20世紀の禅革命だ。

日本人のマインドは不幸なことに、もっとも規律を課せられたマインドのひとつに留まっている。そして、その規律の中で、全ての自発性と創造性が死んでいる。日本では自殺率が世界でもっとも高いのも偶然ではない。緊張があまりにも強いので、圧力と緊張のもとで生きるよりは、自殺する方がたやすいようだ。そして、この圧力と緊張は非常に尊ばれているので、それに反抗する者はひどい非難を受ける。だから、日本には反逆者が存在しない。反逆そのものが、日本ではまだ知られていない。

日本に必要なのは、「ニューマン(新しい人間)」の誕生へと向けて人類を導くことが出来るよう、その創造性と反逆と意識を再び開花させることだ。私がロナルド・レーガン政権下のアメリカで不法に逮捕され、毒を盛られた時、最初の抗議は日本の禅院から出された。これは私に、日本の生きている禅の本当のハートはまだ命脈を保っていて、再び鼓動し、人類の新しい夜明けの先駆者となることが出来る、ということを示してくれた。

マインドからの開放

人は何もしないではいられません。どれほどの怠け者であっても、とんでもない面倒臭がりやであろうと、ずっと何もしないでいるということは、まずできません。

それは、マインドが動いているからです。マインドは、片時もじっとしていることができずに、常に何かを思考したりして、せわしなく働いているのです。

なぜなら、それがマインドの根本的な性質だからです。マインドは本当にその動きを止めてしまうと、時空から開放されてしまうかもしれません。

それはマインドにとって、とても危険な状態となってしまいます。この世界にいられなくなってしまうことになるからです。

マインドはただ動いているだけではなくて、何かを達成しようとしたり、成果を出そうとして頑張らせようともします。

だからこそ、私たちは絶えず何かを計画して、今よりももっといい自分になろうとしたり、もっと豊かな生活を目指して頑張ろうとするのです。

しかし、私たちが何をしようとするにしても、マインドの命令に従っている限りは、本当の平安を手に入れることはできません。

本当の平安とは、マインドの動きから開放されることを意味するからです。これが、マインドのジレンマなのです。

何もしないでいることはできないし、逆に何かを目指して頑張ってもマインドの虜であることには変わりないということです。

それでもたった一つだけ、マインドの働きを利用しつつマインドから抜け出る方法があります。それは、自分は決してマインドではないという感覚を繰り返して感じるように務めるのです。

それが、「自分は在る」の感覚です。自分は○○であるとか、自分の○○、というような感覚を使わずに、ただ自分は在る、だけを意識するようにするということです。

それができると、自然とマインドの動きから離れていくような、とても心地のいい状態になることができます。繰り返して練習することが必要ですね。