神を信じる必要はない

by osho

あなたは、神を信じていないかもしれない。
神を信じる必要はない。
信じる人は、宗教的な人ではあり得ない。

しかし、あなたの本質が完全に裸になったら、
あなたが全ての衣服を脱いだら、
あなたに与えられたものを全て落としたら、
学んだものから自分を切り離したら、
学んだもの全てから、教え込まれたものから、培ったものから、
自分を切り離したら、
突然あなたは、手つかずの明晰さ、生まれる前にあった明晰さの内にある。

あなたの本来の顔がそこにある。

それは、早朝の朝露のように新鮮で、夜の星のように輝いている。
それは、花々や木々が持つ壮大さを全てもっており、
子供達や動物達や鳥たちが持つ無邪気さと無垢さを全て持っている。
その瞬間に、あなたはとても大きな喜びを感じる。
あなたはその喜びから、深く頭を垂れる。
覚えておきなさい。それは、神へではない。
神を信じる必要はない。

あなたは、単純に感謝から深く頭を垂れる。
あなたが頭を垂れることには、対象はない。
あなたは、単純に頭を垂れる、というのは・・・
何の理由もないのにあなたに降り注ぐ計り知れない歓喜を見て、
あなたは頭を垂れる。
しかも、あなたにその価値がないというのに、
それに値しないというのに、
あなたは、それを自分で稼ぎ取ったわけではなかったのに!

あなたは、存在への心からの感謝をしないでいることなどできないだろう。
あなたの頭は、深いお辞儀をする。
あなたは、自分を明け渡す。
あなたのハートは震え、至福に脈打ちながら、
あなたは、完全な沈黙のうちに、地面にひれ伏す。

あなたの呼吸は、そのために違うリズムを打ち、
そのために、違うメロディを奏でる。
あなたの全エネルギーがダンスし、流れている。
あなたは、存在との調和に落ちている。

これが、私が祈りと呼ぶものだ。
教会や寺院の中で行われているものは祈りではない。
それは、オウムのような物まねで、形だけのものだ。
それは、本当の祈りと何の関係もない。

そして、この祈りは、癒すことができる。
この祈りが本当のセラピーだ。