色合いの好み

幼稚園児の頃は、毎日絵を描くときに使っているクレヨンは、確か12色くらいのものだったと思うのですが、倉庫?のようなところの棚には、もっと様々な色のクレヨンが入っているセットがあったのです。

そこで、青と緑が混じったような何とも魅力的な色を発見したのを覚えています。赤と青が混じったような今でいうワインレッドのような色のクレヨンも発見。

この魅惑的な色のクレヨンを、こっそりと一人で見に行くということをやっていた記憶があります。今もそのような色合いがやはり好きかもしれません。

その時、色って不思議なものだなあと感心したのですが、残念なことにすぐにそんなことは忘れて行ってしまいました。それと、金と銀を逆に覚えてしまって、あとで修正するのに苦労しました。

そんな訳で、殊更に色彩には興味を持っていたわけではないのですが、昭和39年の東京オリンピックをカラーテレビで観ようという話しが家で持ち上がり、堂々とした貫禄のカラーテレビが我が家にやってきたのです。

あの頃カラーの威力は凄まじかったですね。それまで大して好きでもなかった番組を、ただカラー放送だからという理由だけで、随分と観てたことを思い出します。

まだまだ多くの番組が白黒放送だっただけに、カラー番組の魅力もいまだに身体の芯にその興奮が残っているようです。こんなことを細かく覚えている人は、もうほとんどいないでしょうね。

色彩の好みというのも、その人の代表的な趣向の一つと考えていいと思うのですが、残念なことにその生まれ持った色合いの好みを見失って成長してきた人もいらっしゃいます。

幼いときに自由な自己表現や感情表現を強く抑圧してしまった場合、自分のオリジナルな感性がどんなものか分からなくなってしまうのです。

そうすると、大人になっても自分の好みの色というものが分からずに、無難な色ばかりを身に着けてしまっていたりするのです。

実際、癒しを進めて行ったあとに、暗い色合いから華やかな感じの色の服を身に着けるようになったクライアントさんを何人も見ています。

あなたは、自分の色の好みというものを完全に把握していますか?何となく身に着けている服の色合いを再度見てあげて、それが本当に自分の好みの色なのかどうかを見つめてみてもいいかもしれませんね。