投影の続きその4

その他の投影のパターンとしては、様々なものがあります。例えば、自分の身体への直接の投影だったり、その全く逆に、自分が直接かかわってはいないような遠いところで起きてる事柄だったりと、本当に千差万別です。

自分の身体への投影としては、病気を始めとした具合の悪さや苦痛、それと怪我です。これはどういった心の闇を投影したものかというと、周りの人を悪者にして、あなたのおかげで可愛そうな自分はこんな悲惨な状態になっているんだということを知らしめたい気持ちなのです。

その気持ちが強く、切実であればあるほど、重い病気になるでしょうし、怪我であれば重傷を負うという形となって表出してしまうのです。だから、どこにも悪いやつなどいない、自分は被害者ではないということに気づけば、病気や怪我は自ずと治ってしまいます。

そして最後に、自分と全く縁もゆかりもないような事象を投影する場合ですが、これはなかなかなるほどと実感することは難しいでしょう。ここから先はある種のファンタジーだと思っていただいても結構なのですが、世の中で起きている悲惨な事件や、地震や水害などの天災など、こういったことも実は自分のうちにある何かの投影として起こるのです。

そう考えると、それでは投影ではないものって一体どんなものがあるというのでしょうか?残念ながら、実は投影でないものは何もないのです。さんさんと照り輝くあの太陽にしても、夜空に煌く星々など、この宇宙をひっくるめて全部自分の内奥にあるものの投影なんです。

でもこれをいきなり真実だと思う必要はありません。大切なのは、投影のメカニズムを忘れることなく、日々の生活にいかして隠された自分の本当の姿を見出す作業を繰り返していくことです。

投影によって闇の中に隠されていた何百、何千という自分の断片に光を当てて、一つひとつを認めてあげるとそれは溶けてなくなってしまうものもあれば、単に間違いだったとして訂正して終わるものもあります。

そうやって、全くぼやけていて何だか分からなかった自分というものの全体像が次第にはっきりしてきて、最終的には完全な自分というものを理解するに至るはずです。それが、癒しというものですし、そこにこそ真の幸せが待っていると思います。