自分の顔だけがこの空間にはない

この時代に一緒に生きている日本人ならだれでも、あの「3.11」の生々しい記憶は決して忘れ得ぬものとして、心に深く刻まれていると思います。

私の個人的な記憶の中にはもう一つ、ちょうど3.11と同じころに体験した忘れられないことがあります。それは、ある本との出会いを通じて起こった、それまでの人生の中でも特別な体験があるのです。

ダグラス・ハーディングというイギリスの神秘家の本です。このブログでも何度も触れたことがありました。あの当時は、翻訳されているたった3冊しかない彼の本を、何度も何度も繰り返して読んだものでした。

彼は、いろいろな実験を提示しながらも、自分の顔や頭は自分がイメージしているようには存在しない、という事実を明快に説明したのです。

初めは驚き、少し躊躇があり、その次に衝撃が走り、また疑念がやってきて、という具合に心が揺り動かされながらも、結局それまで自分が事実だとしていたことが、実は完全なる思い込みに過ぎなかったことに気づかされたのです。

それは本当に笑ってしまうくらいにあっけない事実でした。当り前過ぎることに、自分が気づいていなかったことが判明すると、ある種笑いが込み上げてくるのです。少々の涙も混じっていたと思いますが…。

そして静かに記憶を遡っていくと、どうやらその感覚(自分の顔だけが見当たらない)は小学生くらいの時に感づいていたことだったと分かったのです。

子供のとき、自分の顔だけは特別だという思いがありました。なぜなら、友達の全員の顔はいつでも見つけられたのに、自分の顔だけが教室にも校庭でも見つけられないのですから。

それを不思議と思うよりも、特別なのだと思っていたのです。けれども、大人になるにつれて、そんなことはすっかり忘れ去ってしまっていたのです。

それがハーディングの実験によって、大人になった今、自分の顔だけが自分が過ごしているどの空間にも欠けていることを認めざるをえなくなりました。

自分の本当の顔は、自分の外側に広がっているこの世界だったと知ることは、格別のものがありました。その興奮は消えてしまいましたが、その感覚は今も残っています。