全体性と個体性 その2

昨日の続きです。

私たちの身体を作っている60兆個の細胞の一つひとつが、個体としての機能を従順に果たしながらも全体としてうまく機能しているのは、それぞれが身体全体についての設計図である染色体という遺伝子情報を基にして機能しているからだというお話しをしました。

どの一つの細胞をとってみても、その細胞の存在目的は全体としての肉体のためであるということが明確になっているということです。

そうやって全体性と個体性が見事なまでに調和することで、一人の人間の身体が成り立っているわけです。

そして、私たち人間といえども、全体としてのこの世界というものと個人としての自分という個性の双方を知りつつ生きています。

しかし、人間一人と細胞一つの一番大きな違いは、個体一つの存在目的にあります。私たち人間は、個人の命ほど大切なものはないという根深い信念を持っています。

全体のために存在するというよりも、個体そのもののためにこそ命があるという信念であるわけです。この人と細胞との存在目的が正反対になってしまっている理由とは何でしょうか。

それは一重に、私たち人間が全体についての情報、つまり細胞で言えば身体の設計図である遺伝子情報を忘れてしまったからに違いありません。

もしも、その情報のことを思い出すことができたら、私たち一人ひとりの心の持ち方、あるいはそれを基にした生き方が全く変わってくるはずです。

本来の私たちの存在目的に目覚めるためには、是非とも細胞にとっての遺伝子情報、つまり全体性についての情報を思い出さなければならないということです。

そしてそれを思い出すヒントが遺伝子にあります。それは、あらゆる細胞に完全に共有されている情報だという、その一点なのです。

つまり、私たち一人ひとりが誰一人として抜け落ちることなく、全員に共通のものとして持っているもの、それを探せばいいと言うことになります。

個々によって違いを発見できるようなものではなく、逆に完全に一致しているものとは何かを知るためには、それを自分ひとりのうちに見出すことは不可能だと分かります。

明日に続く