遅咲き過ぎる

今日はこれから久しぶりに外出する予定です。それもいわゆる「永田町」という単語が代名詞となっている場所の一つ、参議院議員会館に行きます。

長年この日本で暮らしているのですが、国会周辺に見学以外で行くのは初めてのことですので、少々楽しみです。

考えてみると、自分はこの日本に生まれ育って、今に至るまでほとんどこの国のことを知らずに生活してきたなあと思うのです。

若かりし頃は、仕事で日本中あちこち出張させられていたこともあったのですが、自分の意志で行きたいと思って出かけたことは一度もありませんでした。

この国の政治のことも、経済のことも、土地のことも、そして歴史についてもほとんど何も知らないでやってきました。それで何の支障もないと思ってもいました。

あらためて考えてみるまでもなく、そうしたことは中学や高校の授業で大抵は勉強することですが、あの頃は一体何が面白くて歴史や政治を学ぶのか分からなかったのです。

でもほんの少し、自分の中で何かが湧き上がってきているようで、今まで興味がなかったことに目を向けるようになってきました。

勿論専門家のように詳しくなることを望んでいるのではなく、ただ自分だけを見るのではなくて、もう少し広い視野でこの国やこの世界を見てもいいはずだと思うようになったのですね。

自分は子供の頃からずっと内面ばかりを見つめるような変な性格だったので、少し変わっているという自覚を持っていました。

それが、今頃ようやくごく普通の人間になりつつあるということかもしれません。誰もが、10代の頃に興味を持つことに今頃気づきだしたのですから、遅咲き過ぎますね。

それでも自分なりにこの国をじっくりと調べてみようと思い出しています。そこから、自分が受けた影響の大きさや傾向なども分かるかもしれません。

あるテレビドラマの中である人が言っていた次のような言葉を思い出します。「もう一度生まれて来るならこの国に生まれたいと思えるような国に、未来の日本がなっているように!」

そのために、微力ながら自分に何ができるのか考えてみたいなと思うのです。

快適さ VS 満足感

長い間生きてきて、自分に一番欠けていると思うところは、「他人のことを自分のことのように感じる心」ではないかと思っています。

あまりに正直に書き過ぎているので、少々恥ずかしいのですが、でもある意味そうだったからこそ世間で何が起きても、あまり心が揺れることもなく済んだのだとも言えます。

「人は人、自分は自分」というこの言葉を何度クライアントさんにお伝えしてきたことか。それは、以前コラムにも書いたように、他人との境界が分からなくなっている人が沢山いたからです。

個として、外の世界や他の人と自分自身を明確に分離することができていない、つまり依存の状態で暮らしている人に対しての言葉だったのです。

「人は人、自分は自分」がしっかりと理解できるようになって初めて、人は自立へと向かっていくことができるようになるのです。

自立できると、周りの人や出来事などにあまり振り回されたり翻弄されたりしなくなってきますので、自分独自の快適さを手に入れることもできるようになります。

しかしながら、単なる自立の状態のままでは、上記したように「他人のことを自分のことのように感じる心」を持っていることが難しいのです。

なぜなら、自分の快適さを求めるために、外の世界を自分の都合のいいように遮断することが必要となってしまうからです。

残念ながら、人間の本質というのは自分だけが快適でいることができても、心を満たすということができないようにできているのです。

快適さと心の充実感とは同じものでは決してありません。満たされるためには、どうしても個としての自分よりも全体への思いが強くなる必要があるのです。

従って、ヒリヒリしたり、苦しくなったりすることが増えるのですが、「他人のことを自分のことのように感じる」ことが大切なことだと分かります。

自分の心がこの世界全体に広がったら、いつも泣いたり怒ったり傷ついたりしていなければならなくなるかもしれません。

それこそ身体がいくつあっても足りなく感じるかもしれません。それでも、誰かのために、公のために生きる時間が長ければそれだけ心は満たされることになるのです。

今年の前半が終了間近

もうあと数日で6月も終わろうとしていますね。今年の半分が終わるということです。自分の人生の中では、具体的には何事も起きてはいないのですが、内面的には相当に激震した半年間でした。

2月の始めくらいの時に、真の自己を見るというびっくりするような体験をしたと同時に、それまでもクライアントさんの数がかなり減っていたものが、更に激減するという状態になりました。

この減り方はこの仕事を続けていく上では決定的なものがあって、このままでは早晩やっていけなくなることは確実です。

その一ヶ月後に3.11が起こり、しばらくは夢を見ているような気持ちで過ごしていたと思います。その現実感のなさといったら、今までで一番ひどいものでした。

それを支えていたのは、間違いなく真の自己への感覚でした。人としての自分の心が暗澹としていても、真の自己に意識を向けることができれば、あっという間に落ち着くことができたのです。

そして不思議なことに、若干浮世離れしていると自分でも感じていた自分の意識が、真の自己と現実を直視する意識とにきれいに分かれだしたのです。

震災による被災地の方々のことや、福島原発災害のことについて、今までになく自分以外の人たちのことをまるで自分のことのように見つめるようになってきました。

人によっては、そんなことは当然のことと思われるかもしれませんが、私にとってはなかなか新しい体験なのでした。

明確な自立路線というものは、ある意味そうした自他の切り分けを冷徹とも言えるくらいはっきりとさせることができていたのです。

今でもその部分は厳然と残ってはいるのですが、真の自己によって深い安心を与えられた表面の自分が、ようやく人間的な暖かさの本質に目覚めつつあるということかもしれません。

今年の残り半分でこの国や世界でどんなことが起きるのか、とても心配でもあると同時にどんな毒出しが待っているのかと思うと、少しワクワクします。

それと同時に、やはり自分の内面にどういったことが舞い降りてくれるのか、興味津々ですし、何が来ようと真の自己に明け渡して受け止めることにしたいと思います。

真理を求めるのをやめること

私たちはいつも真理を捜し求めています。この真理を時として正しさと勘違いしてしまうこともありますが、それでも究極のところでは真理を探究しようとするのです。

それは意識せずとも、自分の人生やこの世界、社会全体の中に真理を見出してはいないということをどこかで悟っているからだと思います。

この世界においては、何か物質的なものを欲して、それを求めた結果、それを手に入れることは不可能ではありません。

お金にしても家にしても、それなりに努力することによって願望を達成することもできます。ところが、真理だけは違います。

真理を捜し求めて、それを手に入れられるかと聞かれたら、それは不可能だと答えることしかできないのです。それはとても簡単な道理です。

なぜなら、求めているのは私たちの心であり、思考であるわけですが、それ自体が真理の中にはないからです。もしもそれが真理の一員であるなら、真理を求めるはずがありません。

真理ではないとどこかで察知しているからこそ、真理を捜し求めてしまうのです。従って、真理でない心が求める真理を手に入れることはできません。真理でないものが、真理になることはないからです。

実はとても逆説的なことなのですが、真理を捜し求めることをやめたときにこそ、真理を見出すことができるということです。

真理を求めること自体が真理から遠ざかってしまうということを言っているのです。求めることを諦めたとき、その心を手放すことができたときに、そこに真理があったと気づくはずなのです。

求めることを手放したときに、それまで求めていたものが向こうからやってくるというのは、何とも皮肉なことですね。でもこのことは、自分の意志の力で寝ようとしても寝られないということと同じです。

寝付くときというのは、寝るということを求める思いを手放すことができたとき、それが自然とやってくるのです。真理もそれと同じだと思えばいいのです。

私たちは求めることをやめたとき、あらゆるものをすでに持っていたことに気づくということです。確かに皮肉なことではありますが、求めなければ救われるということはどれだけ幸運なことでしょうか。

やや面倒な自分を発見

最近、というかもうかなりの期間と言ってもいいと思うのですが、あれほど大好きだったテレビをあまり見ることがなくなってしまいました。

3.11の直後はかなりニュースに釘付けにはなっていたものの、内容があまりにひど過ぎることが分かってからは、それもほとんど見ることがなくなったのです。

たまたま昨晩、ずっとファンだったあるお笑い番組をまたやるということを知って、数日前からとても楽しみにしていたのです。

急いで用を終わらせて、準備万端整ったところでその番組を見たのですが、どうも以前のようには大笑いすることができなくなっていることに気づきました。

ネタがつまらないということではないと思いますし、確かに番組の途中ではゲラゲラ笑い転げたりもしていたのですが、何かが以前とは違っているのです。

それは、自分の中の何かが変わってしまったというのが本当のところなのかもしれないと気づきました。お笑いは今でも大好きなのですが、それだけでは物足りなさを感じてしまうのです。

以前ならお笑いだけで生きていける、というくらいに思っていたものが、それだけでは不満を感じている自分が確かにいるということに気づいたのです。

自分が楽しい時間を過ごすというのは大切なことです。リラックスできる、快適な時間を持つこともとても大事なことですね。でもそれだけでは、満たされないということです。

少し面倒なことになってきたという感じもしないではないのですが、でもそればかりではなくて、もっともっとある意味貪欲に自分の気持ちが自然と向く方向を見てみようと思うのです。

それは、今までの自分の人生にはあまりなかった不慣れなことなのかもしれないですが、それでも少しずつそちらの方向に向かっていっているような気がします。

力まず、自然体でいて、それでも心のどこかが熱くなれるような、そんなことを探し始めているような予感がしています。

どうなろうとも、そろそろ放射能もそれほど怖い年齢でもなくなっているので、これからの人生は思い切り何かのために生きれたらいいなと思うのです。

変わらぬ自分

私たちは年齢を重ねるごとに、様々な経験を積むことによって知識や知恵が豊富になったりして、立派な大人へと成長していくわけです。

幼い頃は、暗いところが怖かったのに、全く大丈夫になってみたり、ひとりで留守番ができなかったのに、一人が快適に思えるように変化します。

すぐに気分を悪化させるような自分だったのが、よほどのことが起きない限りはかなり冷静に対処することができるようになったり。

そうやって、ありとあらゆるところが未熟であったのに、少しずつゆっくりとではありますが、成熟した人間へと向かっていくのです。

しかしながら、自分の心の中心の部分を見つめてみると、あの幼かったころと何ら変わっていないのではないかと思われてきます。

一人の人間としては、対外的にも内面的にも大きく進化しているのでしょうけれど、自分のコアとなるところは、あの頃のあの自分が以前と何も変わらずにあるのです。

それは、正確には自分が何歳のときのことかはわかりませんが、突如として「ここに自分というものがいる」ということを知ってしまった、あの時の自分なのかもしれません。

そのときにこそ、この自分という自意識が発生したのでしょうけれど、それが自分であるとの思いそのものはきっと死ぬまで変わらずにあり続けるということなのですね。

あの時以降に起きてきた自分の変化というのは、本当の変化というよりもそのコアの部分の上にいろいろなモノを付加していっただけなのではないかと感じるのです。

そうやって考えてみると、この自分との付き合いは本当に長きに渡って合いも変わらずに続いてきたのだなと思うのです。

そして、そのコアの自分はこれからもこのままにいるし、そのまま死んでいくことになるのだろうと。そのときには、全く変わることのない自分にご苦労様と声をかけてあげるかもしれません。

セラピストという仕事

急に気候が暑くなったせいか、何となく身体がだるくて仕方ありません。こうした外気温の変化に身体がついていけてないなあと感じることは今までにもよくありました。

ところが、クライアントさんを前にしてセッションをしているときには、不思議と大丈夫な状態になるのです。というより、身体のことを若干忘れてしまうといったほうがいいかもしれません。

こうしたことは誰でも経験していることで、明らかに風邪を引いて高熱が出ているとか、具体的な病気の症状があり、それがとても辛いような場合を除いては、その間だけは元気になってしまいます。

自分でもゲンキンなものだなあと思うのですが、それでも意識的にそうしているわけでは決してないので、セッションが終わるとまた具合の悪い状態へと戻ってしまいます。

そういう意味からすると、仕事というのは本当に自分にとって助けになってくれるものなのだなと思うのです。

勿論、いやいや続けている仕事の場合であったとしたら、そうはいかなくなるかもしれませんが、自分の場合はある意味とても楽しむことができるので、そういった現象が起きるのだと思っています。

本当だったら、気分のすぐれないときには仕事をせずに、一人静かにしていたいと思うのが当たり前なのでしょうけれど、私の場合はそうではないということです。

適度にクライアントさんとの時間を持たせていただくことが、健康上とてもいいし、自分にとって大事なことなのだとつくづく感じるのです。

身体のことばかりではなくて、クライアントさんが抱えておられる様々な問題を疑似体験させていただくことによって、とても多くの経験をさせてもらえるという利点もあるのです。

セラピストという仕事を大変な仕事だと思ってる方が沢山いらっしゃるのを知っていますが、実は自分にとってはメリットばかりなのです。

明日も私の健康と貴重な経験のために、クライアントさんが来てくださることに感謝せずにはいられません。

ガイガーカウンター

福島第一原発から飛び散った放射性物質が、徐々に、そしてじわじわと全国に広がりだしているように感じています。

ここ東京においても、下水処理場からかなり高い放射線量が検出されるようになってしまいました。それは当然といえば当然の成り行きです。

というのも、例えば私が部屋の床を雑巾がけしたとすると、雑巾に付着した放射能は雑巾を水洗いしたときに下水へと流れていきます。

そうしたことが各家庭で起きているのは事実なわけですし、吹き溜まりのような場所に溜まった放射性物質が雨などによって、側溝などから下水に流れ込むことも想定されます。

したがって、それほど高い線量ではない地域であっても、下水処理場へ向かうまでにそれは密度を高めていくはずなのです。

下水処理の段階で、汚泥焼却などによって放射性物質は煙の粒などと一緒にまた拡散していくわけで、今は福島第一原発からの放射能よりもそうした二次的な拡散にも注意する必要があると思うのです。

そんなこともあり、実際に身の回りの線量を測ってみたいなと思って、武蔵野市議会議員にガイガーカウンターを貸して欲しい旨メールしたのですが、なしのつぶてでした。

仕方なく、自分で購入しようかと思い、ネットでめぼしいものを見付けておいたのですが、その直後に中部大学教授のT氏のブログで推奨ガイガーカウンターとして紹介された途端に、納期が9月になってしまいました。

これは買うなってことかなと思って、今諦めようかどうしようかと自分の心と格闘中です。今までの例でいくと、本当に必要なものは必ず何らかの方法で手に入ることになることも分かっていますので。

生きている間に、ガイガーカウンターを必要とするような日が来るとは、予想すらしていませんでした。これは、国家レベル、あるいは人類レベルでの大量の膿を出す時期がやってきているということなのだと思っています。

良心的な人たち

殺伐とした世の中においても、どこにでも必ず良心的な人というのはいるものです。そういう人たちを見ると、何だか心を暖かくさせられる思いがするのです。

もう随分昔のことですが、バスで帰宅途中のことでした。バリッとしたスーツを着込んだいかにも紳士に見える中年の男性が、立っている自分の前の座席が空いたときに、隣にいたラフな服装の若者にどうぞとその席を譲っているのです。

その姿がびっくりするほどの低姿勢で、あれほど礼儀正しく席を譲られたら誰でも驚いてしまうと思うのですが、その若者もびっくりして、自分は座らないからという意思表示をするのがやっとのことでした。

それでは座らせていただきますというような挨拶をして、その紳士はようやくその席にすわったのです。その一連のやりとりを見ていて、思わず「すごい!」と感心してしまいました。

まだ若かった自分も、できたらその人のような中年になれたらいいなと思ったものです。その一方で、会社の中で野心的な人というのはどうも、そのような良心的な人とは違うと感じていました。

野心があるというのは決して悪いことではないと思うのですが、自分がこの人は良心的な人だと感じる人の中には野心的な人が少ないというのが本音だったのです。

今は超大企業になってしまったマイクロソフトは、その昔かなりあくどいやり方でライバルの会社を買収したり、倒産に追い込んだりということがありました。

法律に触れるぎりぎりのやり方で、野心的にどんどん発展していったさまを見てきた記憶があるのです。つまり、野心的な企業が良心的な企業だと感じたこともなかったと思うのです。

そういう意味では人と同じだなと。例えば、政治家になる人は元々野心的な人が多いのでしょうけれど、その中でも特に野心的な人物というのは、私からみると良心的な感じがしない場合が多かったと思います。

なぜ、野心的なことと、良心的なこととは両立するのが難しいのかなと思うのです。それはきっと、両立する条件というのが、私心を手放すことだからではないかと。

自分の利益のための野心とは、けっして良心的にはなれないということかもしれません。誰かのため、公のために私心を手放した上での野心的な振る舞いこそが、良心的な心と一つになれるということなのでしょうね。

自由に生きる

子供のころに白いスピッツの雑種犬を飼っていたことがありました。今から思うととてもかわいそうなのですが、自分は友達と遊ぶことに夢中でほとんど散歩をしてあげることもなかったのです。

彼は時々、みずから首輪をはずして大喜びで近所を走り回ったりすることがありました。飼い主としては、心配なので何とかしてつかまえようとするのですが、ぎりぎりのところまででスルッと逃げられてしまうのです。

一度そういう状態になると、なかなか捕まえることができずに、随分と手を焼いたと思います。でも、彼の身になって考えればそれも当然のことですね。

来る日も来る日も毎日、鎖に繋がれて自由にあちこち歩いたり走り回ったりすることもできなかったのですから。

偶然に首輪がはずれて自由の身になったら、それは嬉しくておいそれとつかまっては堪らないというのも分かるというものです。

そのときの彼のはしゃぎようと言ったらなくて、普段の鬱憤を晴らすがごとくにあちこちに飛び跳ねて遊びまくるのです。

それでも、目の届かないような遠くに行ってしまうことはありませんでしたので、いつかは捕まってしまい、また元の不自由な生活に戻されてしまうのでした。

彼と比べて自分は毎日なんて自由な生活をしているんだろうと、しばしそのことに思いを巡らしたこともあったと思います。

しかし、今になって自由というものをよく見つめてみると、物理的には確かに自由を満喫しているかもしれませんが、心の自由についてはどうでしょうか。

人はいろいろな制約を自分に課して、その枠内で何とか生きているのではないでしょうか。自分の命がもうすぐ尽きると分かったら、もう少し自由な気持ちで生きることができるはずです。

それなら、今日からでも自分の心の不自由さをよく見て、そうした自分で自分を縛っている原因を突き止めて、そこから開放されるようにしてみることは無駄なことではないはずです。

どうせ一度の人生です、もっともっと自由に何事にも縛られずに、人から何と思われようと気にせずに自分の人生を楽しむことにしようじゃないですか。