真実に気づいても苦しみはなくならない

せっかくの非二元の気づきを、普段の生活に生かすことができてないなあというのを常々思うのですね。

それはどういうことかというと、非二元ではリアルなのは今この瞬間にあるこの現実だけだと明確になっているのです。

コレと比べる何物もないし、コレとは異なる別の現実というものもない。このことが本当に腑に落ちるなら、一切の期待が消えてしまうはずなのです。

ところがどっこい、いつでもコレとは違うもっと自分にとって都合のいい現実を探し求めているのですね。

これは自我の自分を守りたいという強い思いからやってくるのだろうなと。私の言葉で言えば、自我の自己防衛なのです。

それがなくならない限りは、どこまで行っても未来に対する希望や期待もなくなりはしないのです。

そうなると、生(現実)に対して常に抵抗していることになり、それが私たちが感じる苦しみを生み出すわけですね。

真実を垣間見たとしても、苦しみや不満がなくならないのは、こうした理由があったということですね。