生は自分についての事ではなかった

本当にリアルなのは、いつも言っているように常に今ここにあるコレであり、コレしかないしこれを生と呼んでもいいのかなと。

この生は、誰もいないのに一人でに常に現れが起きて、見かけ上次々と変化していくものなのですね。

ところが、私たちは幻想を何重にも重ねた結果、自分は自分の人生を生きていると、自分の人生の主人公として生きていると思い込んでしまったのです。

だからこそ、個人としての自分は独自の考え、独自の人生の目標、独自の欲求を持って主役としての劇を演じ切ろうと頑張るわけです。

これがどれほど馬鹿げたことか。リアルな生のことを一切顧みることなしに、幻想の自分の生をせっせと生きるのです。

そうなったら、リアルな生との整合性が取れないのは当然であって、それが私たちの苦しみを生み出すことになるのですね。

リアルな生は、自分についてのことではないし、一度も自分のことであった試しなどないのですが、そこに気づくことがないのです。

こうしたことに気づいたなら、一刻も早く間違った主役の座から降りて、肩の荷を下ろして楽になることです。

この生は全自動であって、自分という幻想などには一切構うことはありません。意味もないし、価値もないし、目的も全くないのです。

架空の人生を手放して、この中に溶けていくことができれば、本当の安らぎ、平安、そして真の自由を感じることができるようになるのではないかと思うのですね。