非二元の気づきによって、物質の実体はないということが明確になったのです。ということは、自分の肉体も同様にその実体はないのだと。
ただその見かけ、現れだけがあるということです。そう言えば、この身体の形が瞬間ごとに変化しているのが分かります。
その自己イメージとは違って、首から上は常にないのです。自分は人間ではないので、別にどうってことはないかと。
そのくせ、身体の中にいるという感覚がなくならないのが不思議なのです。この身体には通常背中もないので、中に入るような容器の形をしていないのです。
そう言えば、イメージで身体の中に、ふわっとした塊のようなものとして自分(の魂)が存在している感じがあるかもしれません。
視覚を意識すると、目の奥の脳の中にいるという感覚もやってきたりします。どれもイメージ、観念でしかないのは明白なのですが。
身体の中、あるいは近くに自分はいると感じているのなら、自分のことを物質だと信じていることになるわけですね。
そうじゃないと言っている自分もいるようですが、物質でなければ位置や大きさがないので、移動もできません。
そうなると局所性が消えてしまうので、私の経験とあなたの経験が違うなどというトンチンカンなことも言えなくなるわけです。
ではなぜ自分は、物質である身体といつも紐づけられているのか?こう言ったことを、一つひとつゆっくりと解いていくのがとても楽しいですね。