個人という嘘に気づけばいいだけ

最近になって、ようやく「非二元」という言葉の意味がはっきりと分かるようになってきましたね。

これまでは、物質には実体がないということに気づいた時には、これって世の中では何と呼ばれている世界観なんだろうなと。

それでふと思い出したのが、非二元だったのです。10年以上前に非二元のスピーカーさんらの本を何冊か読んでいたので、ピンときたわけです。

けれども、自分が体験したことが本当に世の中で言われているような非二元とマッチしているのかどうかは定かではありませんでした。

それでも、何かコレに名称をつけないといけないということで、非二元が一番近いのかなと思ってそう呼ぶことにしたのです。

ところが、深く探っていく間に、コレこそが非二元だったのだなということに気づくことができたのです。

そしてその感覚も明確になりました。今では「何もない!」というところに重きを置く代わりに、常に気づいている気づきの方が主役なんだと。

少し前までは夢も希望もなく、殺伐としてしまったなと思っていたのですが、今は完全に救われていることが分かります。

こんなにコロコロ変わってしまうのも問題かなとも思うですが、でも仕方ありません。実際にそうなのですから。