非二元の話をしていると、自分で自分に突っ込みを入れたくなることが何度もやってきますが、全部スルーすることにしています。
というのも、それを一つひとつ見ていってもどこにも到達しないからですね。そして探究も止まってしまいます。
実際、探究が止まることは悪いことではないのですが、探究者の立場からしたらちょっと具合が悪いのです。
そういうことにならないようにと、どれだけ言葉を選んだところで所詮は言葉は二元の世界のものなので、どうにもならない。
じゃあ何で非二元のことを伝え続けているのかというと、本当のところ、これにはどんな理由もないのです。
どんなことであれ、それが起きるのにはそれなりの理由があると思ってしまうのは、二元の世界に生きているからです。
本当はどんな因果もないので、そこには一切の物語性が存在しません。だからこそ、そこに「なぜ?」はないのです。
今この瞬間に起きていると思われることの全ても、それがただ起きているだけで、そこには理屈は存在しないのですね。
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