体験談その3

体験談その3(年齢退行)

 20代後半の女性。5年間の結婚生活にピリオドを打とうとしておられました。これまでの数回のセッションでは、パートナーとの間の抑圧された問題などを見てきています。

 離婚の届を済ませて引越すばかりとなった時に、私はどうしても催眠のセッションをしていただき、その中でパートナーにお礼を言いたいと思いました。セッションでの対話によってエネルギー的な変化が訪れることを実感していたし、実際には彼とはもうゆっくり話せないだろうと思い、セッションで感謝の気持ちを伝えるだけでもしておきたいと考えたのです。

「では、今彼に何を言いたいですか?」
「…本当はお礼を言いたいと思っていたけれど、…言えない。」

私は泣き始めました。見えるものは、私にとって辛いものばかりだったのです。セラピストは彼との楽しかった場面に行くように促しました。

「一緒に公園に行った時なのだけれど、そこは私の大好きな公園で、商店街に行く時に突っ切るところです。でも、彼の歩き方が速くて、私は疲れています。左足の付け根が痛くなって、本当は休みたい…。」

楽しかったはずの新婚生活の中で、実は私はパートナーに言えないことがたくさんあったのです。日常生活のこうした小さなこと、セックスライフ、共有しようとしていたことに対する葛藤…。私は5年間、たくさんのことを見て見ぬふりをしてきていました。

 「彼の前のパートナーと会って欲しいって言うの。私はとても嫌なんだけれど、彼女を傷つけたのは僕達なんだから、会いたいという彼女の意向を最優先にするのが本当なんじゃないかって。私は彼が言うようにそんな罪悪感を一緒に背負うなんておかしいと思うのだけれど…。でも、仕方がないから、会いました。彼女はとてもお喋りで、私の分からない話ばかりするし、私は場違いな感じ。」

 彼との結婚生活の中での辛い出来事や葛藤ばかりが見えてきたので、私はとても納得がいきません。お礼を言って気持ちよく別れようと思ったのに、どうしてこんなに辛いことばかり出てくるの?そう反芻しつつセッションを終えようとしていました。彼とのいい思い出をもっと見ようとすればするほど疲れが襲ってきます。  「ありがとうって言いたいはずなのに、言えない。言ったらそれは嘘になってしまう。」  私は涙を流しながら自分の葛藤に苦しみました。それは申し訳ないというよりも、自分の心の整理がつかない苦しみでした。私の心には、最後はお互い「いい人」で関係を終わらせたいという願望があり、それを達成するために感謝の気持ちを伝えたいと考えていたのです。

 「それなら言わなくてもいいよ。」  セラピストのその一言に、私は突然救われた気がしました。そうか、本当に感謝していないのだから、何も善人ぶって最後は綺麗な思い出にして別れようとしなくていいんだ。きっと別れる日には彼にありがとうと言うけれど、本当の気持ちである催眠の中の私が言わなくていいのなら、嘘をついたことにはならない。よかった…私は自分の本当の姿で嘘をつかなくて済むことに安堵感を覚えました。

 最後のリラクゼーションを終えて催眠から戻って来てから感じたのは、当初の目論見とは全く違ってしまったかなり辛いセッションだったけれど、やはりやって良かったということでした。本当の気持ちをここで言葉にできたからです。自分はもう騙さなくていいということを知って、その当時の自分に妙な罪悪感や疑念を持たなくてよいのだと分かった気がしました。 私はそれからまもなく離婚して一人暮しを始め、元パートナーとは一切連絡をとらずに落ち着いた生活を手にしつつあります。

 もしも最後にセッションの中でも彼に感謝しているような態度を取っていたなら、これほどすっきりと彼と別れることは難しくなっていたかもしれません。言わなくてもいいよ、と、誰かに私の本心を認めてもらえたから、離婚という一般的には好ましくないとされるようなことも自分の意思で迷いなく進めることができたのだと思います。