自分の中の知らない自分

 「24人のビリー・ミニガン」という本がかつて話題になったことがあるのをご存知でしょうか?私自身は読んだことがないので本の詳しい内容は分からないのですが、自分自身の中に24人もの別の人格がいた、いわゆる多重人格者の実話です。多重人格(正式な病名は解離性同一性障害といいます)などと言うと、きわめて稀な病気の症例であるという感じがすると思います。確かに並列に複数の人格が一人の人間の心の中にいて、それらが交代でその人の人格として出てくるわけですから、特殊なケースと考えられます。

 今だにそんな馬鹿げたことが本当にあるはずはないといって、多重人格者の存在を否定する人もいるようです。しかし、そんなに明確な人格交代が起きるような症状ではないにしろ、一人の人の心の中に複数の意識が存在することは、日々のクライアントさんとのセッションを通して疑いようのない事実だということが分かります。それが病的なレベルになると、解離性障害という広い枠組みの中に入る病状として捉えられるのです。それは例えば、主人格は固定して交代することはないのですが、本人は心の中に何人もの別のキャラクターを持つ意識の存在を感じているなどの場合があるようです。

 そしてごく一般的には、以前のコラムでも挙げたインナーチャイルドなども、おなじように解離した意識の断片であると考えることができるのです。このように、どんな人でも心の中には、必ず複数の意識、あるいは副人格を持っていると言うことができます。それは決して特別なことではなく、解離性障害と判断されるかどうかは、病的かどうかという違いでしかありません。健康な心で生きている人の場合でも、主人格のパワーに比べて心の中のそうした意識、副人格のパワーが小さかったり、しっかりと抑圧されて表へ出ることがないために、本人も他人からも気づかれないで済んでしまうというだけなのです。

 ではなぜ人の心は単純な一枚岩ではなく、そのように多くの意識、副人格の集まりから成る複雑なものになってしまうのでしょうか?それは危険を回避する人間の防衛本能によって自然とそのような心の状態が作られていくということなのです。まともに正面から立ち向かうことのできないような事態や、長期に渡って強い苦痛や我慢を強いられるような状態におかれると、その防衛本能が発動することになるのです。特に、自己、自我がまだ出来上がっていない乳幼児期に親などからの肉体的、精神的な虐待を受け続けたりすると、何とか生き延びるための術として心が解離していくことになるのです。

 今受けている苦痛は自分ではなく、別の誰かが受けていることだとして任せてしまうことによって、自分はそれをなかったことにするというやり方なのです。別の誰かというのは、自分の心の中に作った別の意識のことであり、これによって心が解離することになってしまうのです。分かりやすい例で言えば、親に折檻されて逃れられずに耐え難い苦痛と恐怖を受けることが続くと、幼い子どもは無意識的にこれは自分の身に起こっている現実ではなく、別の子が受けているものだと思い込もうとするのです。そして、実際作られた別の意識がその折檻を受けたことになり、その意識はその時の苦痛をずっと受け持った本当にかわいそうな存在として、その人の心の中に棲み続けることになってしまうのです。

 一度そういった意識の解離を実践して成功してしまうと、こんなに便利な危機回避の方法はないために、事あるたびに何度でも繰り返されてしまうことになるのです。その結果、心の中にはそれこそ沢山の意識が出来上がってしまうのです。勿論それらの意識は潜在意識の中に普段はしまわれているため、その存在に気づくことはありませんが、場合によっては表面意識にいる主人格を脅かす存在として表面に出てこようとしたり、実際に出てきてしまったりすることがあるのです。そういった場合には、本人は思いもよらぬ自分の言動にびっくりしてしまうことになるかもしれません。

 インナーチャイルドと呼ばれる意識の場合には、解離というよりは置き去りにされた意識と考えた方が分かりやすいかもしれません。辛い思いをした幼い子どもの意識をそのままにして、時間と共に自分の意識を成長させていくことによって、やはり主人格の意識からは解離した意識となって心の中に残っていってしまうのです。どんな名前で呼ばれようと、主人格から解離させられた意識の存在理由は明確なのです。それは何かの理由で傷つけられた心を感じないようにして、自ら隠すために作られた心の入れ物と考えることができます。従って解離した意識の中には必ずといっていいほど、マイナスの感情のエネルギーが満ちているのです。そして、ただの入れ物ではなく、溜め込まれた感情のパワーを原動力として様々な情動を起こす存在とも捉えることができるのです。

 みなさんは自分の潜在意識の中にどんな意識・副人格が存在しているのか知りたいと思うでしょうか?それとも自覚もできないようなそんな意識のことに興味はないと思われるでしょうか?心が満ち足りていて、人生を楽しめているという場合には確かに知る必要もないし、興味を持たなくてもいいかもしれません。しかし、もしも人生がうまくいかないと感じていたり、毎日が何となく不自由だと感じているような場合には、自分の心の奥に棲む知らない自分のことを見つめてみることはとても重要なことかもしれません。

 なぜなら人間は、潜在意識のパワーに操られて生活しているロボットのようなものと考えられるからです。表面意識である主人格の意向どおりに人生を送れないとしたら、解離してしまった沢山の意識が見えないところから強烈な力で人生の糸を引いていると考えられるのです。彼らはそのパワーがなくならない限り、死ぬまで心の中でそれぞれの目的を果たすべく活躍しようとしているのです。だからこそ、人生の邪魔をするような意識が奥にいたりすると、とても深刻な事態にもなりえるということなのです。

 そういった歓迎できないような意識のパワーを減らして、邪魔の入らない思い通りの人生を送っていくにはどうしたらいいのでしょうか?解離した意識の中には、比較的その存在をうすうす感じられるものと、そうでないものとがあるのです。何となくこんな意識がいるのではないかというものについて、心の中で表面意識とその意識を会話させてみるのです。つまり一人二役でコミュニケーションをとる訓練を積むのです。慣れてくると、次第に隠されていたその意識の本当の姿が分かるようになってきます。

 ルシッドで行っている「ボイス・ダイアログ」と呼ばれるセッションは、セラピストの誘導のもとに無理なくこのような意識とのコミュニケーションを行うものです。このセッションによって、催眠を使うことなく自然と奥に潜む意識や副人格との会話を通して、その意識の存在理由やその存在の考えている事、そして働きかけてくる目的などを知ることができます。それによって、自分という存在をより深く知ることができるようになり、それだけでも自分を許せるようになって楽になることができます。そして、その意識が作られることになった経緯や理由が分かることで、どんな癒しを進めていけばその意識のパワーを減らすことができるかというヒントをも得ることができるのです。

 こういったセッションを何度か経験することによって、自分ひとりでも少しずつ知らない自分との会話ができるようになっていきます。そうやって自分の心の中身を知って心の中を整理整頓していくということは、自分癒しを進めていくためには欠くことのできない大切なことなのです。是非、今まで知りえなかった隠れていた自分の意識に注意を向けて、積極的に会話をしてあげて下さい。全く思ってもみなかった本当の自分に出会うことができるかもしれません。それは時には辛いことであるかもしれませんが、確実に人生をよりよいものに変えていく大きな力になるはずです。