全ては関係性で成り立っている

「A君とB君が朝落ち合って、互いに楽しくおしゃべりしながら学校へ行く」というのをイメージしてみてください。

この時、主役は勿論A君とB君の2人です。その2人が「落ち合って」、「おしゃべりして」、「学校へ行く」ということをするのです。

これらの行動は、2人の関係性の中で一緒に行われることです。このように分析すると、まず初めに2人の主役の存在があると考えられますね。

その2人がいるからこそ、その2人の間に関係性というものが生まれると。私たちはそのように捉えてしまうのです。

けれども、ブッダが伝えたかったことは関係性というものがあって、その両端にA君とB君がいるように見えるのだと。

これが「縁起」というあらゆる物事の根っこにあるものです。すべての事象は、縁起という関係性によって成り立っているのだと。

つまり、関係性なしに個別の存在などないよということになるのです。これは、自我からするととてつもない失礼なことですよね。

自我は、自分はどんな環境においても存在できると信じているのですから。でもそんな単独で存在できる「モノ」などなかったのです。

ああ哀れな自我さん。残念ですが、やっぱり個別の「私」というものは存在しなかったということですね。