「見えたまま」は難しい

「見えたままをそのままには見ていない」ということを表現しようとして、このブログの最後に以前撮影した動画を添付しました。

この動画のサムネイル画像を見て欲しいのですが、多分誰もがこの画像を見て、「ああ、バイクに乗っている人の視線だね」と思うはずです。

これがもうすでに、見えたままを見てはいないということなんですね。簡単に言ってしまえば、なんらかの説明をしてしまっています。

私たちは、何かを見ると必ずと言っていいぐらいに無意識的にそれについての説明を始めてしまうのです。

ただ眺めるということが、ほぼできなくなってしまっているんですね。この画像であれば、走っている場所を想像したりもしますね。

他に誰も写っていないので、空いてていい道だなとか、きっと男性がバイクを運転していて、こんなヘルメットをかぶって等々。

勝手にドンドン妄想が膨らんでいくわけです。けれども、本当は誰もバイクを運転してるわけでもないし、バイクもありません。

びっくりするかもしれませんが、そのようなものが見えているという感覚だけがあるというのが、本当のところです。

バイクの一部が見えているとか、乗っている人の手首から先が見えていると決めてかかっていることにも気づかないのです。

何も知らない赤ちゃんの目は、きっとそんなふうには見えていないはずですね。 

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こちらの動画も是非ご視聴ください。