抵抗と探求が苦しみを生む

セラピストの仕事をするようになって、人間の苦しみというのは自我によって引き起こされるのだということを知りました。

自我を悪者にしたいわけではありませんが、自我の心理的自己防衛によって苦しみが生み出されるということが分かったのです。

自我というのは、自分で自分のことを守らねばならないと思うようになるのです。どんな環境で育てられたとしても大なり小なり、防衛が起きるのです。

表現を変えれば、自我は防衛とともに成長していくとも言えるのです。つまり、防衛は自我の裏の顔というわけです。

なぜそうなるかというと、自我は自分の個人的な人生を生きていると思っているので、現実のリアルな生と戦わねばならなくなるのです。

それが防衛です。リアルな生は、自我の錯覚である個人の人生のことなど知らないし、個人的な人生とリアルな生が一致するわけもありません。

そこで抵抗せざるを得なくなるのです。それが防衛であり、場合によって探求という形をとることもあります。

探求は防衛と違って抵抗ではないと思いがちですが、実は形が違うだけでそのふたつは似たようなものなんです。

探求というのは、要するにこのままの自分ではダメだという思いから起きるものであり、それはリアルな生への抵抗とも言えるのです。

抵抗は否定的であって探求は肯定的な響きがありますが、その二つはあるがままの生をそのままにしておかないということでは同じです。

その結果、どちらも同じように苦しみの原因となるということですね。

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