昨日のブログで、非二元というのは想像を絶するのだと、つまりまったくイメージすることができない、ということを書きました。
とはいうものの、眠る前とか少しの間かもしれませんが、自然とそこに想いを馳せてしまったりするのです。
その時ふと感じたことなのですが、イメージできなくても、不思議なことに体感はできるかもしれないと思うことがあったのです。
経験だけがあって、それは誰のものでもないんだと。それを繰り返していたら、ちょっと分かったことがあって。
それは以前にも書いたことがあったと思うのですが、非二元というのは一様だという感覚です。どんな構造も持っていないのです。
だから、この経験は自分のものだとすると、そこだけが一様ではなくなってしまうということが分かったのです。
それでは美しくないし、その方があり得ないだろうということが腑に落ちたのです。しかもそれが分かった時に、僅かながら体感に変化があったのです。
朝目が覚めたら元に戻っていましたが、イメージを作ろうとしないで理詰めでやって行った方がいいのかもしれないなと気づいたのです。
イメージするときに、必ず空間が前提となってしまうようで、これがすごく邪魔をしてしまうということも分かりましたね。