非二元は何でもありを思い出させる

子供の頃から割と理屈っぽい性格だったなあと思うのです。もちろん大人になってもそこはそれほど変化してはいません。

理屈に合わないことを言われたり、理路整然としていないことがあまり好きではないというところは同じです。

けれども、非二元の探求によってこの世界というのは単に現象が現れているだけだと分かったので、そこにはどんな理屈もないということが明確になったのです。

正確に言うと、現象が起きているように見えるだけで、その現象にはどんな実体もないのです。

だから、どんな現象が起きようと、どれほど不思議な現象(体験)が起きようと、それはもう当たり前のことだと。

言ってみれば、「何でもあり」になってしまったのですね。「そんなことはあり得ない」が消えてしまったのです。

そう考えると、もっともっと不思議で奇想天外な事象がたくさん起きてもいいのになあと思うのです。

何が起きるか予想できないのはやや不安な気もしますが、一方であの幼少期のようにルールなしの世界で生きる開放感は格別ですね。

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