誰もいないけど、気づきだけがある

自分のことを身体だと思っているなら、他人のことも身体だと思うのは当然のことですね。でも自分のことを意識だと思っているとしたら、他人のことはどう見えるのでしょうか?

きっと同じ一つの意識であると認識するのではなかろうかと思うのです。ところが、やっぱり他人を見る時には身体を見てしまう。

だって誰それと会うと言った時には、互いの身体が出会うことが必要ですからね。もしも完全に身体から解放されるとしたら、どうなるのだろう?

そんなことをつらつら考えていたら、普段から自分のことを身体だと思い込んでいることが当たり前のこととして受け止められるようになりました。

身体を頼りにして生きているということですね。自分はこの物理的な身体だという思い込みは、相当に頑丈だったということです。

一旦それをよ〜く認識した上で、他人と一緒にいてもそこには自分も含めて誰もいないということがはっきりするようです。

誰かと一緒にいて、直接の経験に留まるようにすると、そこには気づきだけがあることに再度気付かされますね。

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