人間万事塞翁が馬

「塞翁が馬」という諺について、簡単な説明をAIに頼んだら、次のような分かりやすい簡潔な説明をしてくれました。

  1. 馬が逃げた(禍): 国境近くに住む老人の馬が逃げたが、老人は「福となるかもしれない」と平然としていた。
  2. 馬が名馬を連れ帰った(福): 逃げた馬が名馬を連れて戻り、周囲が祝うと、老人は「禍となるかもしれない」と言った。
  3. 息子が落馬(禍): 老人の息子がその名馬から落ちて足を折ったが、老人はまた「福となるかもしれない」と言った。
  4. 兵役を免れる(福): 戦争が起き、村の若者が徴兵され戦死する中、足が折れていた息子は兵役を免れ命が助かった。

この「禍⇒福⇒禍⇒福」という展開から、何が幸せで何が不幸か分からない、という意味で「人間万事塞翁が馬」と使われます。 

なるほどなと。最近自分自身のちょっとした体験を思い返しているときに、まさにこの塞翁が馬状態になってるなと感心したのです。

何か必要なものを購入して、幾つかは失敗だったなと思ってもその後に意外なところからそうでもなかったとなるのです。

あるいは、これはうまく行ったと喜んだとしても、その後にそうでもなかったという体験がやってくるのです。

結局、どんな体験が起きたとしても、「そうでもなかったな」で締めくくることになるのではないかと。

その目線で、毎日の体験を見続けてみるのも面白ないことだなと。禍も福も、大したことではないということに気付かされますね。