存在とはイメージに過ぎない

非二元の気づきが最初にやってきたそのきっかけは、「ものには実体がない」というびっくりするような事実でした。

その後、実体がないというのはどういうことかを丁寧に見ていったところ、それは「存在というものがない」という気づきだったのです。

そうなんです、何かが存在するというのはイメージだったのです。これはにわかには理解できなくて当然なのですが、でも本当はそれほど難解なことでもなんでもないのです。

なぜなら、体験あるいは現象だけがある、ということを素直に認めてしまえば、結果としてそうなるからです。

このことをもっと簡単なことで実証することもできます。たとえば、目の前にリンゴが一つあるとします。

そのリンゴの属性として、丸い形、赤い色、重さ、大きさ、匂い、手触りなどを知ることができますね。

けれども、属性というのはそのもの自体ではないのは明白です。ではそのリンゴそのものをどうやったら知ることができるでしょうか?

つまりはそのリンゴの存在のことです。あらゆる属性を剥ぎ取った残りがそのリンゴの存在であるなら、それを知ることは不可能です。

それは存在というものがないからです。まるでそこにリンゴが実体を伴って存在しているようにイメージしているだけだったのですね。 

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