意識はあらゆる場所を成立させている土台

昨日のブログでは、自分の居場所なんてない、ということをお話ししました。実は、かなり回りくどい説明をしたのです。

本当はもっとシンプルなことなのです。目を閉じて静かにしていると、自分がどこかにいるというのが概念でしかないと分かるのです。

これはただただ繰り返し練習して慣れていくしかないのかもしれません。そして、そのままの状態で静かに目を開けるのです。

すると、視覚体験が復活するのですが、そこで自分はここにいるという感覚もやってくるのですが、それと同時にやはりそれは概念でしかないことに気づいていられるのです。

この体感を得られたことは、この人生の中でかなり大きなことのように思います。例えるなら、スクリーンに映っている映像を思い出してください。

その映像には、どこかの街が映されてるかもしれないし、誰かの部屋の中やあらゆる場所が映されるのです。

ところが、どんな場所が映されたとしてもスクリーンには場所という概念がありません。スクリーンという意識場が、あらゆる場所を成立させている土台だと気づけばいいのです。

だから、自分という意識の居場所なんてあるわけないというのも納得できますね。

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