価値判断がなくなると

私たち人間というのは、とにかくもっと手に入れたいと思っているものですね。それがモノであれ、なんであれ。

自分にとって価値があると感じているものは、もっと欲しいと思うし、手に入れたらそれをずっと保持し続けたいと願ってる。

ところが、ブッダのような人はまるでその逆をやったわけで、つまりはとにかく捨てるということを続けていったのですね。

捨てて捨てて何も残らなくなったときに、自我そのものも落ちていってしまったのでしょうね。それはすごいことです。

けれども、捨て続けることがすごいのではなくて、実際には我々が価値があると思っているものに対して、その価値を感じなくなることが前提なのだろうなと。

つまり、価値があると思っているものはたとえそれを捨てたとしても、心の奥では掴んだままでいるということ。

逆に言えば、価値を見出せなくなってしまえば、自ずと捨てることになるということです。だから捨てる事に主眼を置くのではなく、価値判断がなくなること。

それが大切なのでしょうね。私にとって最終的に価値があると思い続けているのは、自分の気分だろうなと。

この気分にどんな意味も価値も見出せなくなったら、後に残るものは何もないはずです。そうなったら自然と自我が解体されるのでしょうね。

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