誰でも子供の頃は、あまりものを知らずに生きているのですが、成長するに従って様々な事柄を知るようになりますね。
この「知る」ということについて、書いてみようと思います。そのことを知っている、というときにいったいどのように知っていると思っているのでしょうか?
少し心静かにして自分に正直に向き合ってみると、本当は何も知らないということに気づいてしまうのです。
そうなると、「知る」とか「知っている」ということの本当の意味はなんなのだろうかと。簡単に言えば、それについての情報を得る、あるいは得たという体験が起きたということ。
それ以降は知識として知っている、あるいは持っているという状態になるのです。実際、何かを直接的に知るということは不可能なのです。
なぜなら事実というものがないからです。客観的事実というものがない以上、それを直接知ることはできません。
私たちは、体験主体が存在すると思い込んでいるので、その主体が直接体験することでそれを知ることができると考えるわけです。
けれども、体験主体も知られる事実もどちらも存在しないのです。あるのは、体験だけ。やっぱりここに戻ってきてしまいますね。

