物語が自我の棲家

自我は物語が大好きで、それがなければ生きていけないくらい。というよりも、本当に、物語の中にしか居場所がないのが自我なのです。

もちろん好みの物語もあれば、嫌いな物語もあることはあるのですが、それでも結局はどんな物語であろうと、そこが自我の棲家なのです。

この物語に価値を見出している限りは、どんな気づきがやってきたとしても、そこから抜け出すことはできないのでしょうね。

物語の何がそれほど魅力的なんだろうかと考えてみるのですが、きっと海面に一切波がなければ魅力的ではないなと感じる、この感性なのかなと。

心というのは変化をいつも必要としているのです。穏やかな状態でいつもいられたらと思っている反面、時には嵐が必要なのです。

海面には適度な波があったほうが退屈せずにずっと見てられる。変化するものを好むこの傾向は、自我の気質なのでしょうか。

それでも、自我も物語もこの世界も全てが存在してはいない。そしてただ現象が起きているように見えるだけなのですね。

この気づきは、自我としてはなかなか受け入れ難いのですが、真実は明白です。それだけでも気分がスッキリしますね。

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