目覚めている間も、夢を見ている時も、ほとんどの時間が物語の中にいると言っても過言ではありません。
それは、現実を物語だと思ってはいないからです。現実は客観的に起きる事実だと思い込んでいるからです。
けれども、それを正直に見つめてみれば明白になるのですが、この現実は思考が作り込んだ物語でしかないのです。
もしも純粋な意識の立場になったなら、日々の物語に気づいていられるのだろうか?もっと簡単に言えば、意識は物語を知っているだろうか?ということです。
この疑問はもう一年以上も前から持っているもので、まだはっきりとした結論が出ていないのです。
ただ冷静になってみ直してみると、純粋な意識の立場では思考がでっちあげたイメージに気づいていることはないのではないかと。
そうなると、物語の中にだけ存在する我々のことも気づきの中にはないということになります。自我も自我が作り出すこの物語も気づきの中にはないのかもしれないと。
それはちょっと寂しい感じがしないでもないですね。生きている間にどれほどの爪痕を残したとしても、それは一瞬の泡のようなものなのかもしれないですね。

