現れすらない

ここのところ、仏教の「無常」を題材にして色々考えたりしていたのですが、おかげで非二元の説明に厚みが生まれてきたように感じています。

この世界の原理としての無常を見て分かるのは、私たちは無常性に支えられて生きていると言っても過言ではないのです。

なぜなら、変化がなければ楽しむことが全くできなくなってしまうからです。人生を生きるということは、すべからく変化を土台としているからです。

そのくせ、誰もが求めているのは永続的な安心なのです。つまり、最も無常性と相入れないものを求めているわけです。

不可能なことに願いを込めているので、それは絶対に叶うことはないし、それこそが苦しみの根源なのです。

そうしたこの世界の根本原理である無常性は、本当にリアルなものでしょうか?変化というのは、時間の流れの中での比較に基づくものですよね?

ということは、記憶が前提ということになってしまうのです。過去は妄想の中にあるので、変化も妄想ということになるのです。

結果、無常とは妄想ということになり、非二元で言うところの現れというものも本当はないのだろうということになりそうです。

ああ、何にもなくなっちゃった。

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