昨日のつづきです。
昔、成田空港建設のときに地元住民が大反対をして政府と戦っている時に、いち早くかけつけてその反対運動を支援した人たちがいました。
○○派というように言われていたその人たちは、ヘルメットをかぶってタオルで顔を隠した格好をして地元住民に混じって闘争していました。
彼らは空港が完成して地元住民の方々が闘争から手を引いた後でも、現地に残って戦っていたように記憶しています。
彼らのこのような支援活動は、住民である被害者に加担することで、自分も一緒になって加害者を攻撃し続けられる立場を獲得した行為だったわけです。
これを書いていて思い出したのですが、私が大学生のときに授業料値上げなどの理由で、試験をボイコットして立てこもり、デモをしたことがありました。
今思い出すとこれも被害者のメリットなのですが、このときも成田と同じようにヘルメットとタオルで覆面した人たちがどこからともなくやってきたことがありました。
勿論ヘルメットも顔隠しも必要ないとして追い出したのですが、そういう人たちは正当に誰かを攻撃する機会を探してるんだなと思ったものです。
最近では、日本の捕鯨船に攻撃をしかけてくるオーストラリアの反捕鯨団体のことが頭に浮かびました。クジラを被害者と捕らえて、加害者である日本の捕鯨船に攻撃して、被害者のメリットを享受しているわけです。
私は幼いときに正義の味方という自覚もあったし、実際にそうした行動もとっていたのですが、あれも被害者のメリットだったのかもしれません。
つづく