人は年齢を重ねるごとに成熟していくものだという認識がありますが、この成熟というのは一体どういうことを言うのでしょうか?
人は必ず失敗するものですが、その失敗から多くのことを学んで、次から失敗しないようにできれば、それは一つの成熟の形だと言えます。
あるいは失敗ということに限らず、自分の言動を省みて、それをより正しい方向へと変化させていけたら、それも成熟の形ですね。
けれども、そういうこととは根本的に異なる成熟というものもあるのです。それは、自分を裁かないというものです。
たとえば、すぐに怒ってしまう人がいるとして、何で自分はすぐに怒りを露わにしてしまうのだろうと反省するわけです。
そうして、もう二度とそんな怒りに任せた言動をしないと誓うのです。これは一見良さげに見えるかもしれませんが、これは成熟ではありません。
いくら真剣に誓ったところで、自我を最後までコントロールするなんてことはできないことだからです。
そういうことに気づき、怒ってしまう自分をただ見守ることができるなら、それこそが成熟というものなのです。
すぐに自分を裁いてしまう自分がいたとしても、それも含めて見守ることを練習するのです。そうやって少しずつ成熟していけるのですね。