気負わない心

私達は誰かと勝負をすれば勝ちたいと思うものですし、何にせよいい結果を残したいといつでも願っています。

そんな時、往々にして体に力が入ってしまったり、力みすぎて本来の自分の力が充分に出し切れなくなってしまったりすることがよくありますね。

よく無欲の勝利というような表現をすることがありますが、どうせ勝てないから適当にやろうと思って気楽さが出てくると、意外にもいい結果を出すことがあるというようなことです。

以前会社員だった頃に、「大澤杯争奪ボウリング大会」というのを職場のみんなでやっていたことがありました。

といっても数ヶ月に一度くらい、みんなでわいわいしながら遊んだ後、表彰式と称して飲み会に流れ込むような適当なものでした。

でも優勝すると、オフィスのその人のデスクに次回までの間ずっと優勝トロフィーを置いておくことができるので、目に付くしそれなりに誇らしいのです。

あるときに腰を痛めていて、とてもボウリングをやるような状態ではなかったのですが、主催者だったこともあって無理やり参加だけしたことがあったのです。

ところがなんと優勝してしまったのです。その時に本当に思い知ったのです。腰が痛くてとても高得点を望むなど考えもしない状態で投げて、きっと気負うことがなくなったのでしょう。

普段よりもボールのスピードも緩くしか投げられなかったのですが、コントロールがよくて高得点を出してしまったのです。

スポーツ選手などでも、あまりに完璧に調子がいいと期待してしまって思ったような結果が出せなかったり、逆に体調がイマイチと思ってたりすると案外すばらしい結果を出したりするらしいですね。

気負いというのは、自分が結果を出してやるという意気込みから来るのです。それよりも、むしろみんなで楽しみたいというほうに意識が向かえば、きっと気負いは少なくなるはずです。

愛は勿論気負うことなどあるはずがありません。いい結果が出せるかどうかは別として、気負いの少ない愛の心で物事に向かうことができたら、きっとその時間を満喫できるはずです。

毎日を気負わない平静な心で過ごしたいものですね。