最初で最後のステップは、
自分が誰であるかを知ること、
目覚めることだ。
by osho
何で自分はいつもこんなことにばかりに、意識が向かってしまうのだろうとみてみれば、それはとてもシンプルなのですが、きっとこの世界に絶望しているからだろうと分かります。
ただその絶望が、完全なものではなくて、マインドの他の部分ではまだまだ根強い期待、きっともっとよくなるはずだという根深い希望も残っているのですね。
その両方が一つのマインドの中で拮抗しているから、ずっと今の状態のままでいるということなのです。希望を捨てきれずにいる側を見ると、あれやこれやを欲しがっているのです。
一方では、それが虚しいと感じるマインドも確かにあるのです。だから瞑想の方に逃げようとしているのかもしれません。そうだとするなら、瞑想もある種の自己防衛になってしまいます。
であるなら、瞑想や目覚めることへのどんな期待も消えてしまったときにこそ、本当に覚醒がやってくるのでしょうね。それをエゴの力で成し遂げることが不可能なのは明白です。
自分の本質と出会いたいという欲望、これも落ちていかなければ、自分が誰かを知るに至ることはないということですね。