受容が物語を終わらせる

私たちは苦難に打ち勝って乗り越えるということを良しとしています。誰も負け犬などと呼ばれたくはないのです。

それが自我の典型的な生き方ですね。それに対して、打ち勝つことなく乗り越える、乗り越えずに乗り越える?方法があるのです。

それこそが受容するということです。どれほどの苦難であろうとも、それを受け入れることができたら、乗り越えずして終えられるのです。

受容こそが最強だということを覚えておくことです。ところが残念なことに、自我にとって最も苦手なこと、それが受容なのです。

受け入れて仕舞えば、戦うこともできなくなるし、苦難を強いられるあらゆる物語の住処もなくなってしまいます。

受容は物語を終わらせる魔法のようなものです。あらゆる戦の歴史が連綿と続けられてきたのは、人々が受容しなかったからです。

自分の生に起きるありとあらゆる事象を受け入れるなら、生が全く違ったものに変貌してしまうことは明らかです。

とはいうものの、それって自分の人生から「ノー」が消えてしまうことなので、それをイメージすると途方に暮れてしまいますね。