自分の中の確かなもの

私たちは何かを信じることもあれば、また他の何かを信じないこともあります。信じていることは、それがその人にとっての真実となりますし、その逆もまた言えますね。

たとえば神の存在とか、この宇宙はビッグバンで大爆発して今も膨張し続けているとか、人によって信じている人もいれば全く信じられないと思っている人もいるでしょう。

UFOや宇宙人の存在にしても、信じる信じないはそれぞれ人によって違いがあります。また、ある人が信じているものが変化してしまうことだってあります。

昨日までは全く信じてなかったのに、今日になったら信じられるようになってしまったとか、その反対のことだってごく普通に起こりえます。

そのくらい、信じる信じないということについての人の心とは、いつも流動的なのです。私は長い間ずっと無神論者でした。

今でも実は神様というような擬人化した言い回しは好きではありません。敢えて言うと、神というのはすべてという意味くらいに考えています。

この世界で絶対というものはもしかしたら、一つたりともないのかもしれませんね。常に物事は変化し続けていますし、何もかもが時間の流れとともにあるのです。

どんなに信頼できる人であったとしても、その人が気が狂って殺人を犯してしまう可能性がゼロであるとは言えないはずです。

そういう意味では、私たちはある意味「不信」の中で暮らしていると言えます。100%確証のできるものなど探さないほうが無難なのです。

そんな中で、自分の心の中に一つだけ確かなものがあるように思うのです。私はそれを頼りに生きているのではないかと思うようになってきました。

それは自分が今までに学習してきたどんなものよりも確かなものです。生きていくための知恵でもないし、何かの能力でもないし、人から聞いた崇高な考えでもありません。

でもそれは、確かに自分の中にあって奥の方から自分を見つめていてくれるのです。生活の雑多なことに翻弄されてるとそれを見失いがちになりますが、落ち着くとまた存在を感じることができます。

それは自分が何かを信じるということを完全に超越しているのだろうと思います。信じるかどうかということではなくて、ただ分かっているのです。

これを書いている今もそれをしっかりと感じることができます。きっと、それこそが本当の自分に近いのではないかと感じるのです。みなさんはどうですか?きっと誰の心の中にも同じようにそれはあるはずです。

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