自己評価

よく自分は自己評価が低いと言ってる人がいます。自分はこんなんだから駄目なのだとか、どんなに頑張っても所詮自分なんてと感じているということでしょうか。

それは自分の存在価値についての感覚とも言えます。ここにこうして生きていていいんだという確固たる思いがないと、自分の存在価値を感じることができなくなっているということです。

ところで、存在価値とは誰が決めるものなのでしょうか。自分の存在価値は自分が決めるものなのか、それとも他の人たちによって決められるものでしょうか。

もしも自分や他人である人間によって存在価値が決められるのだとすると、そうした存在価値そのものはとても変化しやすい曖昧なものだということになってしまいます。

なぜなら、人ごとに評価の尺度も違うし、ある人の評価そのものが時として変化してしまうことだって多いに考えられることだからです。

しかし、存在価値とは変化しないものだという強い思いが自分の中にあります。みなさんはどうでしょうか?ということは主観的にも客観的にも決めることなどできないものだということになります。

あなたが何を行い、何を考え、何を願望し何を作るか、そういったこととあなたの存在価値とは何の関係もないものだということです。

それは、私たちの真価というものは、「神」によって確立されたものだからです。このことが信じられないでいると、いつまでも恐れの中で戦い続けなければなりません。

なぜなら不安定な評価を常に高いところにと保っていなければならないと思うからです。いつ下落してしまうか分からない存在価値など、意味はありませんね。

自分で自分や人の存在価値を決められるとの思い込みほど、傲慢なことはないということです。自分の存在価値はこの世に生まれるずっと前から決まっていたし、これからも変化することはないのです。

そして、誰の存在価値もみんな同じもの、一つのものだということに気づくこと。なぜなら、私たち全員が「神」によって創造された一つの実在だからです。

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