問題とは不満そのもの

私たちは何か問題が起こると、それを何とかして解決しようとします。なぜなら、その問題が解決しない限り、不満が残ると思っているからです。

ところが、真実はそうではないのです。本当は、問題とはその不満そのものなのです。何だか禅問答でもやっているような気になるかもしれませんね。

しかし、これが真実なのです。問題とは、それが問題だという思いがそれを問題たらしめているということに気づけばいいのです。

問題を問題だと思わなければ、そこには何の問題もないということは誰でも簡単に分かることですね。そして、問題だと認識する理由はそこに不満があるからだと言っているのです。

だからこそ、問題とは不満そのものにあるのだということです。ということは、その不満な気持ちがなぜ起こってくるのかということを見てあげることです。

不満とは、あらかじめ何らかの期待や想定をしておいたものに対して、それが裏切られた場合に起こるものだと定義することができます。

例えば、お金を貸したら、それは当然全額返してもらえるものだとの想定があるわけですが、それに反して返してもらう額が足りなければ不満になるということです。

子供が学校を不登校になったとしたら、親はそれをとても心配しますし、そうした親心は当然のことだと考えられています。

それは、ごく普通の子供たちと同じように我が子にも学校に行ってつつがない毎日を送って欲しいとの期待があるからです。

期待通りであれば親の心は満たされて不満は解消します。しかし、不登校になったからといってそのこと自体が大問題なのではなくて、学校に行って欲しいという思い、不満が問題を起こしていると気づけばいいということです。

実はそのことに親自身が気づいてしまうと、子供の不登校も直ってしまいます。なぜなら、不登校は親の不満な心の投影であったからです。

問題があるから不平不満の気持ちになるのではなく、不平不満を抱く心そのものが問題というものを作り上げるのだと分かることが大切だということです。

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