潔癖について再び

このブログで以前、きれい好きと潔癖症とはまったく違うということを書いたことがありました。きれい好きというのは、きれいなもの、美しいものを好むという人間に本来備わっている性質だといえます。

一方、潔癖の方はというと、きれいなものに目がいく代わりに汚いものに注意を集中することで、それを拒絶して自分の安全を保ちたいという欲求からくるのです。

つまり、恐れが潔癖のエネルギー源であると言うことができます。今日、水道水に原発から漏れ出した放射性物質が含まれていることが伝えられました。

確かに、この水には毒がごく少量含まれてはいますが、身体には害はありませんのでたっぷりお飲み下さい、と言われてもそういい気持ちで飲めるものではありませんね。

しかし、含有量からしたら気にする必要のないレベルであることがはっきりしているなら、殊更それを恐れることもないはずなのです。勿論乳児などはその限りではありませんが。

水道水はたとえ浄水器を通したとしてもしばらく飲まずにおこうと思うのは、やぱり潔癖から来るものなのではないかと思います。

これはいい悪いの話しをしているわけではありません。心の中に、愛が中心としてあるのか、それとも潔癖を起こしてしまう恐怖が中心にあるのかを考える必要があるということです。

我々は日々、もっともっと身体に有害なものを沢山摂取しているはずです。ただ、致死量からはかけ離れたくらいに微量であるから安心して飲み食いしているのです。

ある知人から聞いた話しですが、冷凍食品を製造している工場に勤めている人から漏れ聞いた話ですが、作るところを見たら決して食べることなどできなくなると言っていたそうです。

それくらい、体内に入れたくはないと思われるものを沢山使用しているということですね。勿論、自分の身体の健康に気を配らないのはどうかと思います。

しかし、ごく普通にバランスのとれた食事や運動を心がけることと、それ以上の潔癖からくる行動をしっかり分けて考えることも大切ではないかと考えます。

とりあえず、特別な理由がない限りは、ミネラルウォーターの買い占めに奔走しないようにしたいものですね。

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