すべては生の思い通り

最近どうも、以前のようには前向きな気持ちで瞑想することができなくなっています。続けてはいるものの、一週間前のあの「私」がいなくなる体験をしてしまってからというもの、どうも真剣みが薄くなってしまったのですね。

なぜなら、あのエゴが落ちる体験というのは、それまでの瞑想の延長上にはどうもないということが分かってしまったからなのです。間接的には何かの繋がりがあるのかもしれませんが…。

あれについて、「私」にできることは本当に何もないのかもしれません。それは、寝入るために直接できることは何もないということと同じなのでしょうね。

寝る準備や寝るのに適した環境を作ることはできますが、本当に眠りの中へ入っていくための方法など、一つも持ってはいないのですから。

それと同じなのです。直接的にどんな方法を使ってでも、エゴが落ちるということなどないのです。それに関しては、私たちは誰も無力だということですね。

それでもやっぱり、またいつかと願ってしまうために、その欲望がそれを邪魔するのです。上手くできているというのか、本当に皮肉なものです。

そうなると、これまで感じられていた自分が彼方にいるという感覚さえも、もうどこかへ行ってしまったかのようになっているのです。不思議なものです。

こういうときは、ふて腐れずに自分に正直に、いつものようにすることをするというのがよさそうです。正直スランプですよ~。でもきっと、これも通過するときがやってくるのでしょうね。

すべては生の思い通りに事が進んで行くだけなのですから。トホホ…。

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