モノが動いているのではない

クルマが向こうからやってきて、走り去って行ったというとき、私たちはクルマが移動していると感じるのです。

ところが実際には、現れだけが起きているという立場に立った時には、全く違うことに気づくはずです。

それは、見えているものが映像だと思えば分かりやすいのです。ただ単に映像が変化しているだけなのです。

クルマが向こうにあるときの映像と、通り過ぎる時の映像では違いがあるわけですが、それこそが変化なのです。

どれほど強固なボディを持ったクルマをイメージしたところで、それが映像だと分かれば瞬間瞬間に変化していることに気づくのです。

仏教の無常に通ずることです。全てが現れでしかないということに心底気づくことができれば、そこに無常があるだけなのです。

仮に目の前に設置されたテレビは、それ自体も硬いし全く動いてもいません。それでも実は常に変化しているのです。

あなたがそのテレビを見る角度を少し変化させただけで、テレビの形は変化するし、場所も変わって見えるはず。

それこそが無常の本質なのですね。

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