拠り所が解体される

これまで明確には気づいていなかったものの、物事をどう捉えるかとか何かを判断するときなどに拠り所としていたものがあったのです。

それは、科学的な立場というのか、物事を論理的に考えるやり方とか、これまで自分が経験してきた知見を総動員して考えるわけです。

そういうことが根こそぎになってしまったような、拠り所としていたものが全て使い物にならなくなってしまったような。

うまくは表現できないのですが、そんなことで困っている感じがしています。例えば、全てに原因と結果がついて回るということ。

これ一つとっても、その法則が使えなくなってしまったのです。ある現れが別の現れの原因となることは決してないからです。

そうなると、過去に体験したことがまったく役に立たないのです。だから未来を予想して動くこともできなくなるのです。

そうやって、今この瞬間が際立ってくることはいいのですが、自我としては全てが初めての経験のような感じになってしまったわけです。

これが現れしかないということから逃げずにいたことで、やってきた変化なのです。毎日自分が新米であるような感じがしていますね。

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